備忘録として #3

明治八年(一八七五)十二月、八年余り前に死んだはずの高杉晋作が、山口県下関にひょっこり姿をあらわした。
「評論新聞」の記事によれば、晋作は死んだように見せかけ中国に渡り、中国人になりすまして五大州を駆け巡って、このたび帰国したのだと語ったらしい。
むろん、この晋作は偽者である。(中略)
いまや政府の重鎮として権勢を誇る山県有朋伊藤博文井上馨ですら幕末の頃は頭が上がらなかった晋作という男が復活してくれたら、どんなに素晴らしい日本にしてくれるだろうという民衆の夢が、晋作を復活させたに違いない。
その証拠に復活した晋作は、
「百万ノ蒼生(人民)未ダ春ヲ知ラズ、共ニ目出度春ヲ見ル日モマタアリマセフ」
という言葉を残し、去ったという。
「御一新」は成ったものの、日本に本当の春はまだ巡って来ない。それは二十一世紀を迎えた、現代においてなおのような気がする。


一坂太郎「高杉晋作