信頼できない

政治学者である篠田英朗の「はじめての憲法」という新書を読んだ。気になったのは、吉田茂の発言の括弧書き、「国家正当防衛権に依る戦争」だ。

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一九四六年に日本国憲法草案が国会で審議された際、後に繰り返し引用される有名なやり取りが、吉田茂首相と、共産党野坂参三衆議院議員との間でなされました。野坂は、戦争を侵略戦争と「防御的戦争」とにわけ、後者は合憲ではないか、と迫ったのでした。これに対して吉田首相は、次のように答えました。「私ハ斯クノ如キコト(国家正当防衛権に依る戦争)ヲ認ムルコトガ有害デアルト思フノデアリマス(拍手)近年ノ戦争ハ多クハ国家防衛権ノ名ニ於テ行ハレタルコトハ顕著ナル事実デアリマス、故ニ正当防衛権ヲ認ムルコトガ偶々戦争ヲ誘発スル所以デアルト思フノデアリマス」。

この吉田の答弁は、自衛戦争の合憲性の否定であり、自衛権の放棄を意図したものだ、と解釈されることが多いですね。しかし、それは正確ではありません。 吉田が否定したのは、 国家の「正当防衛権」という国際法には存在しない論理構成で「自衛戦争」なるものを合法化しようとする考え方のことです。 つまりドイツ国法学の擬人法の発想で、国家の自然権である基本権を認めるという、およそ国際法では認められない発想のことです。国家は人間ではありませんから、自然権など持っていません。国家に「正当防衛権」などないのです。自衛権は「正当防衛権」 ではありません。

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これは「引用者注」と書くべきではないか?

確認するとやはり議事録にはその括弧書きがない。その直前に「国家正当防衛権ニ依ル戦争ハ正当ナリトセラルルヤウデアルガ」とあるのでデタラメとは言わないが、ちょっと信頼できない人だという印象だ。

ついでに野坂参三の発言を確認すると、「防衛的戦争」が見当たらない。「防衛的ナ戦争」とは言っているが。鉤括弧なので発言の引用だと思ったがそうではない。やはり信頼できない人だ。

「野坂は、戦争を侵略戦争と『防御的戦争』とにわけ、後者は合憲ではないか」も引っかかる。「野坂は、  戦争を『正シクナイ不正ノ戦争』と『正シイ戦争』とに分け、不正の戦争である侵略戦争を放棄するものとすべきではないか」だろう。

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□ 野坂の質疑

「戦争ニハ我々ノ考ヘデハ二ツノ種類ノ戦争ガアル、二ツノ性質ノ戦争ガアル、一ツハ正シクナイ不正ノ戦争デアル、是ハ日本ノ帝国主義者満洲事変以後起シタアノ戦争、他国征服、侵略ノ戦争デアル、是ハ正シクナイ、同時ニ侵略サレタ国ガ自国ヲ護ル為メノ戦争ハ、我々ハ正シイ戦争ト言ツテ差支ヘナイト思フ、此ノ意味ニ於テ過去ノ戦争ニ於テ中国或ハ英米其ノ他ノ連合国、是ハ防衛的ナ戦争デアル、是ハ正シイ戦争ト云ツテ差支ヘナイト思フ、一体此ノ憲法草案ニ戦争一般抛棄ト云フ形デナシニ、我々ハ之ヲ侵略戦争ノ抛棄、斯ウスルノガモツト的確デハナイカ

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篠田は、国際法を前提に解釈すべきと主張し、9条1項の「戦争」に自衛権の行使は含まれない、したがって2項の「戦力」には自衛権の行使のための実力は含まれない、自衛隊は合憲、という理屈のようだ。ちょっとそれは… 健康を維持するために心身に有害な行為は避けるが、酒は百薬の長、健康を維持するために飲むのだから問題はない、という感じ?